先日NBAに挑戦をすることを発表したバスケットボール日本代表の河村勇輝選手。
バスケ界では小柄でありながらも、スピードと身体能力の高さを武器に活躍しています。
日本のみならず世界を目指している河村勇輝選手の背番号の理由が気になる方もいるようです。
そこで、今回は河村勇輝選手の背番号の理由を調査してみました。
河村勇輝選手の背番号の理由が気になる!
小柄でありながらも獲得ポイントが多い河村勇輝選手。
その才能に誰もが驚きを隠せないのではないでしょうか。
今大注目の河村勇輝選手の背番号の理由が気になる人がいるようです。
河村勇輝選手の背番号の理由ってなんだろう?
河村選手って何で5番なの?
河村選手の背番号って5番だけど、副キャプテンなのかな?
背番号には意味が付けられていたり、選手の思いが込められていることもあるため、背番号の理由が気になる人がいるのでしょう。
河村勇輝選手はどのような理由で背番号を決めたのか調べてみました。
河村勇輝選手の背番号の理由は?
河村勇輝選手の背番号の理由は公表されていません。
現在は5番の背番号をつけていますが、この番号をつけるようになったのは2021年12月に横浜ビー・コルセアーズの特定指定登録選手に登録された時からでした。
横浜ビー・コルセアーズの公式サイトには河村勇輝選手のプロフィールが紹介されていますが、背番号の由来は空欄となっています。
バスケットボールの一般的な背番号の意味はこのようになっています。
- 4番:キャプテン
- 5番:副キャプテン
- 6番:シューティングガード
- 7番:スモールフォワード
- 8番:パワーフォワード
- 9番以降はベンチプレイヤー
一般的な背番号の意味でつけたとなると、河村勇輝選手は副キャプテンとなります。
しかし、パリオリンピックでのバスケットボール男子日本代表の副キャプテンは誰なのか公表されていません。
また、キャプテンと公表されている富樫勇樹選手の背番号は2番です。
キャプテンであれば4番のはずですが、違う背番号となっています。
他の選手の背番号を見てみると、6番比江島慎選手と8番八村塁選手は上記の意味通りの背番号がつけられていますが、その他の選手は一般的な背番号の意味とは異なる番号をつけていました。
となると河村勇輝選手の背番号の意味には、他の理由がある可能性が高いでしょう。
河村勇輝選手は2020年1月に三遠ネオフェニックスと特別指定選手契約を締結した際には、背番号を0にしたことを発表し、理由についても明かしていました。
日本一など、高校の成績は過去の栄光にすぎない。
それをすべて忘れて、しっかりプロの立場でゼロからスタートしようという理由で0を選んだ。
また2019年に高校時代に行われたインタビューでは、背番号0番をつけたかったことを語っていました。
Q.15 好きな背番号は?
一番は田臥(勇太/栃木ブレックス)選手の「0」が好きです。
高校に入って0番をつけたいなと思ってたんですけど、すでに先輩がつけていたので「もう何番でもいいや」って感じで8番にしました。
背番号0を選んだのは、憧れていた田臥選手と同じ背番号をつけたかったというのも一つの理由かもしれませんね。
きっと現在つけている5番にも河村勇輝選手の強い思いが込められていることでしょう。
いつかその理由が明かされたら、こちらでもご紹介しますね。
過去の背番号をご紹介したことで、歴代の背番号が気になる方もいるのではないでしょうか?
そこで河村勇輝選手の歴代の背番号についてもまとめてみましたので、ぜひご覧ください。
河村勇輝選手の歴代の背番号は?
河村勇輝選手の歴代の背番号はこちらです。
- 高校時代:8番
- 三遠ネオフェニックス時代(2020年1月~2020年12月):0番
- 横浜ビー・コルセアーズ時代(2020年12月~2021年2月28日):0番
- 横浜ビー・コルセアーズ時代(2021年12月~2022年6月):5番
- 日本代表時代(2022年7月~2023年7月):33番
- 日本代表&横浜ビー・コルセアーズ時代(2023年8月~現在):5番
先述した通り、高校時代は背番号0番を希望していましたが、すでに先輩がつけていたことから8番を選んだ河村勇輝選手。
8番にしたときには特にこだわりはなかったそうです。
そして、三遠ネオフェニックスに入団し、気持ちを新たにスタートさせるという思いを込めて背番号0番を選びました。
背番号0番をつけていた期間は、三遠ネオフェニックスに所属した2020年1月から横浜ビー・コルセアーズでの特別指定選手が終了する2021年2月28日までです。
その後、期間が空き、2021年12月に再び横浜ビー・コルセアーズに特別指定選手として登録されたときから、現在の背番号5番となっていました。
現時点では、公式サイトを確認したところ横浜ビー・コルセアーズに背番号0の選手はいないようです。
もしかすると、河村勇輝選手が横浜ビー・コルセアーズから離れていた2021年3月から2021年11月の間に背番号0の選手がおり、再び所属する際に被ってしまうことから5番を選ぶことになったのかもしれませんね。
その後、2022年に日本代表に選ばれると背番号が33番へと変わっていました。
背番号33番の理由についても明かされていません。
ですが、所属チームの横浜ビー・コルセアーズによると、背番号33番は河村勇輝選手が大きな決断をした2022年3月3日が由来ではないかとしています。
2022年3月3日は河村勇輝選手が大学を中退し、プロバスケットボール選手として活動していくことを発表した日です。
この大事な日を日本代表の背番号に選ぶなんて、河村勇輝選手の横浜ビー・コルセアーズに対する愛を感じますね!
しかし、2023年8月に選ばれた日本代表での背番号は5番だったのです。
2023年7月21日に行われた「FIBAバスケットボールワールドカップ2023」の予告では、背番号33番のユニフォーム姿の河村勇輝選手が写っていました。
しかし、「FIBAバスケットボールワールドカップ2023」が開幕し、2023年8月29日の投稿では河村勇輝選手の背番号は5番に変わっていたのです。
このときの日本代表メンバーの中に背番号33番の選手がいたわけではないので、被ったから変えたのではなく、なにか別の理由があって背番号を5番へと変更したようです。
背番号が何番であろうとも、河村勇輝選手の凄さには変わりません。
下記の記事では河村勇輝選手の凄さについてもご紹介していますので、ぜひご覧ください。
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